子どもを連れて別居された場合、どう行動すべきか?

目次
はじめに
渋谷駅付近で馬場綜合法律事務所を運営している弁護士の馬場洋尚と申します。このコラムでは、配偶者の一方が子どもを連れて家を出てしまい、別居状態になった場合、残された親がどのような法的措置を取ることができるのか、また取るべきなのかについて解説します。
離婚前の別居中の夫婦間において、子どもの親権や監護権をめぐる争いは少なくありません。このような状況で、一方の親が合意なく子どもを連れて行ってしまった場合、実務上は民法766条1項(子の監護に関する事項の定め等)が適用または類推適用されます。具体的には、家庭裁判所に対して「子の監護に関する処分」として子の引渡しを求める家事審判の申立てや、それに先立って緊急性を要する場合の「審判前の保全処分」の申立てを行うことが考えられます。
前提事情―別居前の時点で自身が主として監護養育を担ってきたこと
子どもの引渡しを求めるにあたり、非常に重要となるのが「別居前の監護実績」です。
もしあなたが別居前から主として子どもの監護養育を担ってきた場合、その事実は、子の引渡しや監護者の指定を求める手続において、あなたにとって有利な事情となります。裁判所が監護者を指定する際には「監護の継続性」や「主たる監護者」であった実績が重要な考慮要素とされるためです。実際に、一方の親に事実上監護されていた子どもを他方が一方的に連れ去った事案において、裁判所は、従前監護していた親からの速やかな申立てがあれば、原則として子の引渡しを認めるべきとの判断を示した例もあります。
審判前の保全処分の申立て
⑴ 審判前の保全処分とは?
子の引渡しを求める本案の審判には時間がかかる場合があります。その間の子どもの生活環境を安定させ、心身の安全を確保するために、本案の審判に先行して、裁判所が暫定的に子の引渡しを命じるのが「審判前の保全処分」です。これは、子の監護者指定や子の引渡しの審判申立てと同時に、あるいは調停中であっても申し立てることができます。
⑵ 認容されるための要件
審判前の保全処分が認められるためには、主に次の2つの要件を満たす必要があるとされています。
本案認容の蓋然性:本案である「子の引渡しを求める審判」が認められる可能性が高いこと。
保全の必要性:本案の審判を待っていては、子の福祉が害されるなどの緊急の必要があること。
⑶ 各要件の説明
ア 本案認容の蓋然性
「本案認容の蓋然性」とは、最終的な審判において、あなたがお子様の監護者として指定され、引渡しが認められる見込みが高いことを意味します。この蓋然性を示すためには、保全手続の段階から、あなたが監護者として適格であることを具体的に主張・疎明(一応確からしいと裁判所に推測させること)する必要があります。具体的には、以下のような点について、これまでの事実経過とともに説明します。
申立人(あなた)と相手方それぞれの生活状況、経済的状況
これまでの子どもの監護・養育環境(どちらが主として監護してきたか)
子どもに対する愛情や監護の意思
申立人側の監護体制(住環境、保育・教育環境、祖父母などの監護補助者の有無)
イ 保全の必要性
「保全の必要性」とは、本案の審判の結果を待つことができず、仮にでも直ちに子の引渡しを実現しなければならない緊急の事情を指します。家事事件手続法では「強制執行を保全し、又は子その他の利害関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」と定められています。この要件は厳格に判断される傾向にあり、認められるのは限定的な場合です。具体的には、以下のようなケースが挙げられます。
相手方による子どもへの虐待や育児放棄(ネグレクト)が現になされている場合
相手方の監護が原因で、子どもに発達遅滞や情緒不安定などの問題が生じている場合
子の連れ去りの態様が強奪に近いなど、非常に違法性が高い場合
急激な環境変化により、子どもの健康状態の悪化が見込まれる場合
裁判例でも、保全の必要性は「子の福祉が害されているため、早急にその状態を解消する必要があるとき」や「本案の審判を待っていては、仮に本案で子の引渡しを命じる審判がされてもその目的を達することができないような場合」と示されており、単に子どもに会えないというだけでは、この要件を満たすことは難しいのが実情です。
監護者指定、子の引渡しを求める審判の申立て
審判前の保全処分と並行して、あるいは保全処分が難しい場合でも、本案である「監護者指定」と「子の引渡し」を求める審判を申し立てることが、子どもを取り戻すための中心的な手続となります。
⑴ 判断の基準
裁判所がどちらの親を監護者とすべきかを判断する際の最も重要な基準は、「子の利益(子の福祉)」です。どちらの親の元で生活することが、子どもの健全な成長と幸福にとって最も望ましいかを、様々な事情を総合的に考慮して判断します。
⑵ 具体的な考慮要素
裁判所が判断にあたって考慮する具体的な要素は多岐にわたりますが、主に以下のような点が挙げられます。これらを総合的に比較検討し、監護者を決定します。
ア 父母側の事情
監護の継続性(主たる監護者の実績):これまでどちらが主として子どもの世話をしてきたか。安定した環境を維持する観点から、現状の監護状態が尊重される傾向がありますが、それが違法な連れ去りによって作られた場合はこの限りではありません。
監護能力:年齢、心身の健康状態、性格、経済力、居住環境、監護補助者(祖父母など)の協力体制など、子どもを育てるための総合的な能力や環境。
子どもへの愛情と監護意思:子どもに対する愛情の度合いや、監護への強い意欲。
面会交流への許容性(フレンドリー・ペアレント・ルール):監護者にならなかった方の親と子どもとの面会交流について、協力的・寛容な姿勢であるか。非監護親との関わりを断絶させようとする姿勢は、マイナスに評価されることがあります。
監護開始の経緯の違法性:相手の同意なく、あるいは暴力的に子どもを連れ去ったなど、現在の監護状態が始まった経緯に問題がないか。
イ 子側の事情
子の意思:子どもがある程度の年齢(おおむね10歳以上)に達している場合、その意思は重要な要素として尊重されます。家事事件手続法では、15歳以上の子については、その陳述を聴くことが義務付けられています。
年齢、性別、心身の発育状況:乳幼児については、一般的に母親による監護が優先される傾向があります(母性優先の原則)。ただし、これも絶対的なものではありません。
兄弟姉妹の不分離:兄弟姉妹がいる場合、特段の事情がない限り、分離すべきではないと考えられています。
従来の環境への適応状況:これまでの生活環境、友人関係、学校などに子どもがどれだけ適応しているか。
重要なのは、これらの要素の一つだけが突出していても決定打にはならず、あくまで「子の福祉」という観点から総合的に判断されるという点です。例えば、相手が約束を破って子どもを連れ去ったという事実(監護開始の違法性)があったとしても、それだけで必ず子の引渡しが認められるわけではありません。
子の引渡しが問題となった裁判例
実際に子の引渡しが争われた裁判例を5つご紹介します。裁判所がどのような事情を重視して判断しているのか、具体的なイメージを掴む一助となれば幸いです。
⑴ 大阪高等裁判所 平成17年6月22日決定
【事案の概要】
別居中の妻が、無断で子を連れ去った夫に対し、自身を監護者として指定し、子の引渡しを求めた事案です。
【裁判所の判断】
高等裁判所は、子の引渡しを認めた原審判を支持しました。その理由として、以下の点を挙げています。
監護の継続性・主たる監護者:妻は、子の出生以来、主たる監護者として子の監護養育に当たっており、子との精神的な結びつきは夫に比べて強く、大きいと評価しました。
面会交流への許容性:夫は、裁判所からの履行勧告や強制執行を阻止するなど、法的手続を軽視する態度を見せていました。このような夫の態度から、もし夫を監護者とした場合、妻と子との面会交流に協力するかどうか疑わしいと判断しました。
子の福祉:これらの事情を総合的に考慮すると、子の福祉の観点からは、妻を監護者と指定し、子を妻に引き渡すことが相当であると結論付けました。
この裁判例は、過去の監護実績と、非監護親となる親との面会交流に対する姿勢(フレンドリー・ペアレント・ルール)を重視した判断と言えます。
⑵ 東京高等裁判所 平成20年12月18日決定
【事案の概要】
別居中の夫婦の一方(従前監護親)のもとで監護されていた子を、他方の親が一方的に連れ去った事案です。連れ去られた親が、審判前の保全処分として子の仮の引渡しを求めました。
【裁判所の判断】
高等裁判所は、子の引渡しを認めるべきとの判断を示しました。その判断枠組みは以下の通りです。
違法な連れ去りに対する考え方:一方的な連れ去りによって作られた現状を安易に追認することは、自力救済を容認することになりかねません。
原則的な判断:そのため、従前監護していた親が速やかに子の仮の引渡しを求める保全処分を申し立てた場合、「従前監護していた親の元に戻すことが、子の福祉に反し、親権行使として容認できないほどの特段の事情」がない限り、その申立てを認めるべきとしました。
手続の順序:まずは子を元の監護状態に戻した上で、本案の審判(監護者指定の審判)において、改めてどちらの親が監護することが子の福祉にかなうかを慎重に判断するのが相当であるとしました。
この裁判例は、違法な連れ去り行為によって現状の監護の継続性を作出することを許さず、手続の公正さを重視した点で画期的なものと評価されています。
⑶ 東京高等裁判所 平成15年1月20日決定
【事案の概要】
子の引渡しに関する審判前の保全処分の申立てがなされた事案です。
【裁判所の判断】
高等裁判所は、子の引渡しを認めた原審判を取り消し、保全処分の申立てを却下しました。その理由として、「保全の必要性」について非常に厳格な判断基準を示しています。
保全の必要性の要件:審判前の保全処分によって子の引渡しを命じるには、単に本案で認められる蓋然性があるだけでは足りず、「保全の必要性」がなければならないとしました。
「保全の必要性」の具体的内容:具体的には、①子の福祉が害されているため、早急にその状態を解消する必要があるとき(例:虐待やネグレクト)、または、②本案の審判を待っていては、たとえ本案で引渡しが命じられてもその目的を達することができなくなるような場合、に限定されるとしました。
本件でのあてはめ:本件では、子どもたちは相手方である父の元で一応安定した生活を送っており、上記のような保全の必要性を肯定すべき「切迫した事情」を認めるに足りる疎明(証明)がないと判断しました。
この裁判例は、保全処分の要件、特に「保全の必要性」が厳格に解釈・運用されていることを示す一例です。
⑷ 東京高等裁判所 平成28年6月10日決定
【事案の概要】
離婚協議中に夫が子2人を連れて家を出たため、妻が審判前の保全処分として子の監護者を仮に妻と定め、子の引渡しを求めた事案です。
【裁判所の判断】
高等裁判所は、保全処分を認めた原審判を取り消し、妻の申立てを却下しました。この決定も、保全処分の必要性について厳しい判断を示しています。
保全処分における審理事項:審判前の保全処分で子の引渡しを命じる場合には、以下の点を総合的に検討する必要があるとしています。
現在の監護に至った原因が、強制的な奪取またはそれに準ずるものか。
虐待防止や生育環境の急激な悪化の回避など、子の福祉のために引渡しが必要か。
本案の審判確定を待つことで、子の福祉に反する事態を招くおそれがあるか。
「やむを得ない必要性」の要求:これらの事情を総合的に検討した結果、「審判前の保全処分により子の引渡しの強制執行がされてもやむを得ないと考えられるような必要性」があることを要するとしました。
本件でのあてはめ:本件においては、夫が子を連れて別居した経緯やその後の監護状況などから、妻を仮の監護者と定め、夫に引渡しを命じなければならないほどの「緊急の必要性」を認めるに足りる疎明はないと判断しました。
⑸ 東京高等裁判所 平成27年2月26日決定
【事案の概要】
別居中の母が、父のもとで監護されている子の引渡しを求める審判前の保全処分を申し立て、認められたため、父が抗告した事案です。
【裁判所の判断】
高等裁判所は、保全処分を認めた原審判を取り消し、申立てを却下しました。
現在の監護状況の評価:父は両親の援助を受けて子を監護しており、その監護状況に格別の問題はなく、子に対する「急迫の危険」は存在しないと認定しました。
本案での審理の優先:一方で、母も監護者としての適格性に欠けるわけではなく、子の年齢などを踏まえると監護者の問題は早急に解決されるべきであるとしました。しかし、それは審判前の保全処分ではなく、「本案の迅速な審理によって対処すべき事柄」であると指摘しました。
調査の必要性:特に、家庭裁判所調査官による調査(子の生活環境や意向などを専門的に調査する手続)を実施することなく、安易に審判前の保全処分を命じることは相当ではないと判断しました。
この裁判例は、子に差し迫った危険がない限り、拙速な判断を避け、本案手続の中で十分な調査を経た上で慎重に判断すべきという裁判所の姿勢を示しています。
まとめ
この記事では、配偶者に子どもを連れて別居された場合の法的な対応策について解説しました。
子どもを連れ去られてしまった場合、まず検討すべきは、家庭裁判所に対する「子の引渡しを求める審判前の保全処分」と、本案である「監護者指定・子の引渡しの審判」の申立てです。特に、あなたが別居前から主たる監護者であった場合、その事実は手続を有利に進めるための重要な要素となります。
ただし、裁判例からもわかるように、特に緊急性を要する「審判前の保全処分」は、子に虐待やネグレクトなどの急迫した危険があるなど、非常に限定的な状況でしか認められないのが実情です。裁判所は、子の福祉を最優先に、双方の事情を総合的に考慮して慎重に判断します。
決して、感情的になって自力で子どもを取り戻そうとはしないでください。そのような行為は「違法な連れ去り」と評価され、かえってあなたの立場を不利にしてしまう可能性があります。
子の引渡しや監護者の指定に関する手続は、法的な専門知識を要するだけでなく、子の将来を左右する非常に重要な問題です。どのような手続を選択すべきか、どのような主張・立証を行うべきかについては、個別の事案に応じて大きく異なります。もし、このような事態に直面された場合は、一人で悩まず、できるだけ早く離婚問題に精通した弁護士に相談することをお勧めします。お悩みの方は、渋谷駅付近の馬場綜合法律事務所にお気軽にお問い合わせください。
この記事を書いた人

馬場 洋尚
(ばば ひろなお)
東京都出身。
令和元年12月、渋谷駅付近で馬場綜合法律事務所を開設。
法的問題の最良の解決を理念とし、離婚、相続、遺言、一般民事、企業法務など幅広く手がけています。その中でも離婚・男女問題には特に注力して活動しています。ご依頼者の方と密接なコミュニケーションを取りつつ、ひとつ一つのご案件に丁寧に接することを心掛けています。