離婚に伴う財産分与と将来に給付される退職金

目次
はじめに
渋谷駅付近で馬場綜合法律事務所を運営している弁護士の馬場洋尚と申します。このコラムでは、夫婦が離婚をする際の財産分与において、将来支給される退職金がどのように扱われるかについて、その法的性質から具体的な算定方法、支払時期までを詳しく解説します。
退職金の法的性質
退職金は、長年の勤務に対する対価であり、賃金の後払いとしての性格を持つとされています。そのため、夫婦が婚姻期間中に協力して形成した財産の一部とみなされ、財産分与の対象となります。財産分与の目的は、夫婦が婚姻中に協力して得た実質的な共同財産を清算・分配すること、そして離婚後の相手方の生活維持を助けることにあります。
既に支給済みの退職金
離婚時に既に退職金が支払われている場合、それが預金などの形に変わっていても、財産分与の対象となることについては、実務上ほとんど異論がありません。既に具体化された財産として、清算の対象になります。
将来給付される退職金
⑴ 将来の退職金の扱いが問題となり得る
離婚時点ではまだ支給されていない将来の退職金も、財産分与の対象となるかが大きな問題です。もし将来の退職金が対象外とされると、退職金の支給時期によって財産分与額が大きく変わり、不公平な事態が生じかねません。そのため、実務では、近い将来に退職金を受け取る蓋然性が高い場合には、将来の退職金も財産分与の対象とする例が多く見られます。
⑵ 退職が10年以上先であっても退職金は財産分与の対象となるのか
退職まで10年以上といった相当な期間がある場合でも、財産分与の対象となる可能性は十分にあります。退職金は賃金の後払いという性質から、勤務期間に応じてその額が累積していると考えられるためです。特に、勤務先が公務員や大企業などで経営が安定しており、本人の勤続年数が長い場合には、将来の退職金が支給される蓋然性が高いと判断され、財産分与の対象となる可能性が高いと言えます。
⑶ 勤務先が将来倒産する可能性がゼロではないがこの場合でも退職金は財産分与の対象になるのか
将来の退職金には、勤務先の倒産、本人の解雇、中途退職、死亡などの不確定要素が伴います。しかし、会社の業績が低迷しているなど、支払いが不確実な場合でも、直ちに財産分与の対象から外れるわけではありません。重要なのは「支給の蓋然性」です。勤務先の性質や就業規則上の退職金支給規定の有無などから、支給される蓋然性が高いと認められれば、原則として財産分与の対象として検討されます。
退職金の算出方法、及び、分与の時期
将来の退職金を財産分与の対象とする場合、その算定方法と支払時期については、主に以下のような考え方があります。どの方法を選択するかは、事案の具体的な事情に応じて決定されます。
⑴ 算定方法
将来の退職金の評価方法には、主に2つのアプローチがあります。
ア 離婚時(別居時)に自己都合退職した場合の金額を基準とする方法
実務上、圧倒的に多く用いられている方法です。離婚の基準時点(別居時や口頭弁論終結時など)で自己都合退職したと仮定した場合に支給される退職金の額を算出し、これを分与の対象とします。この方法は、退職まで期間が比較的ある場合でも、将来の不確定要素を排除して計算できるため、財産分与を肯定しやすいという利点があります。
イ 将来受け取る退職金見込額を基準とする方法
定年退職時に支給されると見込まれる退職金の額から、婚姻期間に対応する部分を算出し、そこから将来価値を現在価値に割り引くための中間利息を控除する方法です。この方法は、退職が近い場合に用いられることがあります。
⑵ 分与(支払)の時期
算定された分与額をいつ支払うかについても、複数の方法が存在します。
ア 離婚時に一括で支払う方法
財産分与は離婚時の清算であるため、原則としては、算定された分与額を離婚時に一括で支払うべきとされています。これにより、分与を受ける側は将来の不払いのリスクを避けることができます。しかし、分与を支払う側に十分な資力がない場合は、この方法をとることが困難な場合があります。
イ 将来、退職金が支給された時点で支払う方法
支払う側に資力がない場合などに、将来、実際に退職金が支給された時点で、その中から定められた金額や割合の額を支払うとする方法です。これにより、支払う側の現在の負担を軽減できますが、分与を受ける側にとっては、将来確実に回収できるかという不確実性が残ります。
裁判例においても、離婚時に現在の価値に引き直して支払いを命じるケース(東京地判平11・9・3・判例時報1700号79頁)、将来の退職金受領時に支払うことを命じるケース(東京高判平10・3・18・判例時報1690号66頁)、あるいは別居時に退職したと仮定して分与額を算定した上で、支払時期は将来退職金を受給した時とするケース(広島高判平19・4・17・家裁月報59巻11号162頁)など、事案に応じた柔軟な判断がなされています。
まとめ
離婚における財産分与において、退職金は重要な財産の一つです。既に支給された退職金はもちろん、将来支給される予定の退職金についても、支給の蓋然性が高ければ財産分与の対象となるのが一般的です。退職まで期間が長く、会社の経営に不安があるといった事情があっても、直ちに対象外となるわけではありません。
具体的な分与額の算定方法や支払時期については、離婚時に一括で清算する方法や、将来の受給時に支払う方法など、様々な選択肢があります。どの方法が最適かは、夫婦の資産状況、退職までの期間、勤務先の安定性など「一切の事情」を考慮して、個別の事案ごとに判断されることになります。
将来の退職金の財産分与についてお悩みの方は、渋谷駅付近の馬場綜合法律事務所にお気軽にお問い合わせください。
この記事を書いた人

馬場 洋尚
(ばば ひろなお)
東京都出身。
令和元年12月、渋谷駅付近で馬場綜合法律事務所を開設。
法的問題の最良の解決を理念とし、離婚、相続、遺言、一般民事、企業法務など幅広く手がけています。その中でも離婚・男女問題には特に注力して活動しています。ご依頼者の方と密接なコミュニケーションを取りつつ、ひとつ一つのご案件に丁寧に接することを心掛けています。