離婚コラム

未払婚姻費用と財産分与との関係

はじめに

渋谷駅付近で馬場綜合法律事務所を運営している弁護士の馬場洋尚と申します。このコラムでは、夫婦が離婚する際に未払いの婚姻費用がある場合、その費用を財産分与で調整することができるのか、またその具体的な方法や注意点について解説します。

婚姻費用とは

婚姻費用とは、夫婦が婚姻生活を維持するために必要な一切の費用のことです。これは、夫婦が互いに協力し扶助する義務(民法752条、760条)に基づき、収入や資産に応じて分担するべきものとされています。具体的には、衣食住の費用、医療費、交際費、そして子どもがいる場合にはその監護養育費などが含まれます。

婚姻費用が発生する期間

婚姻費用を請求できる期間は、原則として婚姻関係が継続している間です。具体的には、以下の始期と終期が定められています。

始期(いつから発生するか)

婚姻費用の分担義務は、婚姻の成立と同時に発生しますが、実務上、過去に遡って請求できるのは、請求者が権利を行使した時点からとされることが多いです。例えば、婚姻費用分担調停を申し立てた場合はその申立時から、内容証明郵便などで支払いを求めた場合はその時から、とされるのが一般的です。ただし、裁判所は過去に遡って分担を命じることも可能です。

終期(いつまで発生するか)

婚姻費用の分担義務は、夫婦関係が継続していることを前提とするため、離婚が成立するか、あるいは別居を解消して同居を再開するまでとなります。したがって、離婚後は婚姻費用を請求することはできません。しかし、離婚時までに発生した未払いの婚姻費用については、離婚によって請求する権利が当然に消滅するわけではありません。

未払婚姻費用は財産分与で調整できる

離婚時に未払いの婚姻費用がある場合、これを財産分与に含めて清算することが可能です。この点について、重要な最高裁判所の判例があります。

(1)最高裁判所昭和53年11月14日判決(民集32巻8号1529頁)

最高裁判所は、「離婚訴訟において裁判所が財産分与の額及び方法を定めるについては当事者双方の一切の事情を考慮すべき」とし、「婚姻継続中における過去の婚姻費用の分担の態様は右事情のひとつにほかならない」と判断しました。

これにより、裁判所は「当事者の一方が過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができる」と判示しました。この判例によって、夫婦の一方が本来分担すべき婚姻費用を支払わなかったことで、もう一方が過大な経済的負担を強いられた場合、その不公平を是正するために、未払分を財産分与の中で考慮し、清算的に給付を命じることが実務上確立されました。

(2)財産分与における調整

上記の判例に基づき、実務では未払いの婚姻費用は財産分与の額や方法を定める際に「一切の事情」の一つとして考慮されます。これにより、別途婚姻費用の支払いを求める手続きを経ることなく、離婚時の財産分与の中でまとめて解決を図ることができます。

ただし、未払額の全額が必ず財産分与に上乗せされるとは限りません。裁判所は、以下のような事情を総合的に考慮して、分与額を決定します。

  • ・ 婚姻費用が未払いとなった事情
  • ・ 別居期間の長さ
  • ・ 別居中の双方の生活状況や資力
  • ・ 婚姻費用分担調停などの手続きを取らなかった事情

例えば、支払い義務を負う側に十分な資産や収入がある場合は全額が考慮される可能性がありますが、資力が乏しい場合には、請求する側が過去に請求してこなかった事情も踏まえ、必ずしも100%の金額が上乗せされるわけではありません。実務的には、算定される未払額の半分程度が考慮されるケースもあります。

例外―未払婚姻費用に関して債務名義が存在するケース

過去の未払婚姻費用について、調停調書や審判書などの「債務名義」が既に存在する場合は、原則として財産分与で重ねて考慮することはできません。債務名義があれば、それに基づいて強制執行手続きにより回収することが可能だからです。

しかし、この原則にも例外があります。

当事者間の合意がある場合

協議や調停の場で、当事者双方が合意の上で、債務名義のある未払婚姻費用を財産分与に含めて清算することは可能です。この場合、財産分与に未払分が含まれていることを明確にし、別途強制執行はしない旨を合意することが考えられます。

債務名義の範囲外の請求がある場合

調停などで定められた支払いの始期よりも前の期間について請求する場合や、調停で定められた期間中に特別な支出があり増額請求が可能な場合などは、債務名義があってもなお財産分与で考慮する余地があります。

まとめ

夫婦間に未払いの婚姻費用がある場合、離婚時の財産分与において、その清算を含めて請求することが可能です。これは最高裁判所の判例によって認められており、実務上も広く行われています。

ただし、未払額の全額が常に認められるわけではなく、当事者双方の様々な事情が考慮されます。また、既に調停調書などの債務名義がある場合は、原則として財産分与の対象外となります。

婚姻費用は、別居後速やかに請求することが重要ですが、もし未払いのまま離婚手続きを進めることになった場合は、財産分与の中で適切に主張し、解決を図ることが大切です。

婚姻費用や財産分与の問題でお悩みの方がいらっしゃいましたら、渋谷駅付近の馬場綜合法律事務所へお気軽にお問い合わせくださいませ。

この記事を書いた人

馬場 洋尚
(ばば ひろなお)

東京都出身。
令和元年12月、渋谷駅付近で馬場綜合法律事務所を開設。
法的問題の最良の解決を理念とし、離婚、相続、遺言、一般民事、企業法務など幅広く手がけています。その中でも離婚・男女問題には特に注力して活動しています。ご依頼者の方と密接なコミュニケーションを取りつつ、ひとつ一つのご案件に丁寧に接することを心掛けています。

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