多額の借金は離婚の理由(離婚原因)になる?

目次
- 1 はじめに
- 2 多額の借金の具体的例
- 3 多額の借金で問題となる離婚原因
- 4 多額の借金が離婚原因に該当するか否か問題となった裁判例
- 4.1 ⑴ 【離婚認容】妻の浪費や無断での手形振出しにより婚姻関係が破綻したとされた裁判例(東京地判昭39・10・7・判例時報402号59頁)
- 4.2 ⑵ 【離婚認容】夫の賭博と多額の借金により婚姻関係が破綻したとされた裁判例(浦和地判昭59・11・27・判例タイムズ548号260頁)
- 4.3 ⑶ 【離婚認容】妻の度重なる浪費が離婚調停中も続いた裁判例(東京家審昭和41・4・26・家裁月報18巻12号63頁)
- 4.4 ⑷ 【離婚認めず】夫の借金はやむを得ず、共働きで返済可能とされた裁判例(仙台地判昭60・12・19・判例タイムズ559号77頁)
- 4.5 ⑸ 【離婚棄却の可能性が高い】結婚前の借金を隠していただけの事例(想定事例)
- 5 まとめ
はじめに
渋谷駅付近で馬場綜合法律事務所を運営している弁護士の馬場洋尚と申します。本コラムでは、夫婦の一方に多額の借金がある場合に、離婚の理由(離婚原因)となるか否かについて解説いたします。
配偶者との離婚を考えたとき、相手方の同意が得られれば協議離婚という形で離婚を成立させることができます。しかし、相手方が離婚に同意しない場合、家庭裁判所の調停や審判、最終的には離婚訴訟(裁判)によって離婚の可否が判断されることになります。裁判で離婚を認めてもらうためには、法律で定められた離婚原因(法定離婚事由)が存在することが必要です。
このコラムでは、配偶者に多額の借金がある場合、それが上記の法定離婚事由、特に民法770条1項5号「その他婚姻を継続し難い重大な事由」に該当し、離婚が認められる可能性があるのかどうかについて、具体的なケースや裁判例を交えながら詳しく解説します。
多額の借金の具体的例
離婚問題に発展しうる「多額の借金」には、様々な原因が考えられます。具体的には、以下のようなケースが挙げられます。
- ・ 浪費: ブランド物を買いあさるなど、収入に見合わない派手な生活を送るための支出。
- ・ ギャンブル: 競輪、競馬、競艇、麻雀、パチンコなどの賭博にのめり込み、借金を重ねるケース。
- ・ 高額な投資: 暗号資産への投資に失敗し、多額の借金を負うケース。
- ・ 生活費の補填: 配偶者の勤労意欲がなく、生活費が不足したために借金を重ねるケース。
- ・ やむを得ない事情: 家族の学費や結婚費用など、一概に責めることができない理由による借金。
- ・ 結婚前の借金: 結婚する前から存在した借金を隠していたケース。
多額の借金で問題となる離婚原因
配偶者の多額の借金を理由に離婚を求める場合、法定離婚事由のうち主に「その他婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)に該当するかが争点となります。
「婚姻を継続し難い重大な事由」とは、夫婦関係が深刻に破綻し、客観的に見て、円満な夫婦生活の継続や回復を期待することができない状態を指します。裁判所は、この事由の有無を判断するにあたり、婚姻中の当事者双方の行為や態度、婚姻継続の意思の有無、子の有無や年齢、別居の有無とその期間など、当該婚姻に現れた一切の事情を総合的に考慮します。
したがって、単に「配偶者に借金がある」という事実だけでは、直ちに離婚が認められるわけではありません。その借金が、例えば浪費やギャンブルによるもので、そのために生活費が不足して経済的に困窮するなど、夫婦の協力扶助義務に反するような状況に至り、結果として婚姻関係が破綻したと評価される場合に、「婚姻を継続し難い重大な事由」があると判断され、離婚が認められる可能性があります。
一方で、結婚前の借金を隠していただけであったり、借金の理由がやむを得ないものであったりする場合には、それだけでは「婚姻を継続し難い重大な事由」には該当せず、離婚が認められない可能性もあります。ただし、その借金が原因で返済不能に陥り、給与の差し押さえや自己破産に至るなどして、夫婦生活が完全に破綻したと認められる場合には、離婚が認められる可能性が高まります。
多額の借金が離婚原因に該当するか否か問題となった裁判例
ここでは、配偶者の借金が「婚姻を継続し難い重大な事由」に当たるかどうかが争われた実際の裁判例を4つ、架空の想定事例を1つご紹介します。
⑴ 【離婚認容】妻の浪費や無断での手形振出しにより婚姻関係が破綻したとされた裁判例(東京地判昭39・10・7・判例時報402号59頁)
【事案の概要】
夫は公務員であり、収入は高給とは言えない状況でした。それにもかかわらず、妻は結婚後すぐに家計を預かりながらも、派手な生活を送ったために支出が多く、頻繁に家計費が不足する事態を招きました。妻は夫に隠れて質入れや借金を繰り返し、さらには夫に無断で夫名義の約束手形を振り出しました。また、代金を支払う見込みがないにもかかわらず、月賦販売で電気器具などを購入しては、それを売却して得た金銭を各種支払いに充てるという行為を繰り返しました。その際には、夫の父の名義を無断で使用するにまで至りました。一度、夫との話し合いを経て再出発したものの、妻の生活態度は改まりませんでした。
【裁判所の判断】
裁判所は、このような妻の一連の行為は、夫婦間の信頼関係を著しく損なうものであると指摘しました。妻が家計を顧みずに浪費を続け、夫に秘密で借金を重ね、さらには夫やその父親の名義を無断で使用して経済的な問題を引き起こしたことは、夫婦としての共同生活を維持する上で看過できない重大な問題であると評価しました。夫との話し合いの後も同様の生活態度を改めなかったことから、夫婦関係は修復不可能なほどに破綻していると認定し、民法770条1項5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当するとして、夫からの離婚請求を認めました。
⑵ 【離婚認容】夫の賭博と多額の借金により婚姻関係が破綻したとされた裁判例(浦和地判昭59・11・27・判例タイムズ548号260頁)
【事案の概要】
夫は、競輪、競馬、競艇、麻雀、パチンコといった賭博にのめり込んでいました。その結果、給料の大部分が借金の返済などで天引きされる状態となり、生活費を家に入れることができなくなりました。さらに、賭博の資金を得るためにサラ金などからも多額の借金を重ね、家庭の経済状況を著しく悪化させました。妻は、このような夫の行動によって経済的にも精神的にも追い詰められ、夫婦としての生活を続けることが困難な状況に陥りました。
【裁判所の判断】
裁判所は、夫が賭博に耽り、収入のほとんどをそれに費やし、さらには多額の借金を作って家庭を顧みなかった行為は、夫婦の協力扶助義務に著しく違反するものであると判断しました。夫の行為によって家庭の経済基盤が崩壊し、夫婦間の信頼関係も失われ、婚姻関係は回復の見込みがないほどに破綻していると認定しました。その結果、妻からの離婚請求を認め、「婚姻を継続し難い重大な事由」が存在すると結論付けました。
⑶ 【離婚認容】妻の度重なる浪費が離婚調停中も続いた裁判例(東京家審昭和41・4・26・家裁月報18巻12号63頁)
【事案の概要】
妻が度重なる浪費を繰り返したことにより、夫は多額の借金の返済に追われることになり、夫とその家族の生活は経済的に困窮した状態に陥りました。夫婦関係が悪化し、離婚調停が申し立てられましたが、妻は調停にほとんど出頭せず、その間も浪費を続けていました。このような状況から、夫婦関係の修復は絶望的であると判断されました。
【裁判所の判断】
家庭裁判所は、妻の浪費癖が家庭の経済を破綻させ、夫やその家族に多大な負担を強いたことを重く見ました。特に、離婚調停という夫婦関係の修復や清算を話し合うべき手続きの最中ですら、妻が反省の色を見せずに浪費を続けていたという事実は、婚姻関係を継続する意思がなく、夫婦関係が回復不可能なまでに破綻していることを示すものと評価しました。これらの事情から、「婚姻を継続し難い重大な事由」が認められるとして、審判により離婚を成立させました。
⑷ 【離婚認めず】夫の借金はやむを得ず、共働きで返済可能とされた裁判例(仙台地判昭60・12・19・判例タイムズ559号77頁)
【事案の概要】
夫には高額の借金があり、そのために妻に十分な生活費を渡すことができていませんでした。しかし、この借金の主な原因は、夫の弟の大学進学費用や、夫婦の結婚費用を賄うためのものでした。夫婦の間には、この借金問題以外には、婚姻生活を継続する上で特に支障となるような事情は全くありませんでした。妻は離婚を求めましたが、夫は離婚を望んでいませんでした。
【裁判所の判断】
裁判所は、まず夫の借金の原因に着目しました。借金は浪費やギャンブルによるものではなく、弟の進学や自分たちの結婚のためという、ある程度やむを得ない事情によるものであり、その点について一方的に夫を責めることはできないと判断しました。また、夫婦関係全体を見たときに、借金問題以外には破綻の原因となるような要素は見当たらないと指摘しました。さらに、もし妻が共働きをして収入を家計に入れるようにすれば、借金の返済も生計の維持も十分に可能になると考えられるとしました。これらの事情を総合的に考慮した結果、本件においては夫婦関係が回復不可能なほどに破綻しているとは言えず、「婚姻を継続し難い重大な事由があるとは到底認められない」として、妻からの離婚請求を棄却しました。
⑸ 【離婚棄却の可能性が高い】結婚前の借金を隠していただけの事例(想定事例)
【事案の想定】
結婚後、配偶者に結婚前から多額の借金があることが発覚しました。借金を隠されていたことに対して不信感が募り、離婚を考えたというケースです。
【裁判所の判断傾向】
裁判所は、独身時代の借金を結婚時に相手に告げなかったこと自体は、直ちに法定離婚事由には該当しないと考える傾向にあります。借金があるという事実以外に、夫婦関係を継続していく上で他に支障となる問題がない場合、単に「隠されていた」という不信感だけを理由に離婚訴訟を提起しても、請求は認められない可能性が高いです。ただし、その借金の返済が滞り、債権者からの督促が絶えず家庭生活の平穏が害されたり、給与の差し押さえを受けたり、あるいは自己破産の手続きを取らざるを得なくなったりするなど、借金が原因で夫婦生活が完全に破綻するに至った場合には、それが「婚姻を継続しがたい重大な事由」にあたるとして、離婚が認められる可能性は高くなります。なお、配偶者の結婚前の借金について、もう一方の配偶者は保証人になっていない限り、法的な支払義務を負うことはありません。
まとめ
以上の解説と裁判例からわかるように、配偶者に多額の借金があるからといって、必ずしも離婚が認められるわけではありません。借金が法定離婚事由である「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当するかどうかは、個別の事案ごとに、その事実関係を詳細に検討して判断されます。
裁判所が判断する際の主な考慮要素は以下の通りです。
- ・ ①借金の原因: 浪費やギャンブルなど、有責性が高い原因か。あるいは、家族のためなどやむを得ない事情によるものか。
- ・ ②金額や返済状況: 借金の総額、収入に対する返済の負担、返済の意思や努力の有無。
- ・ ③生活への影響: 借金によって生活が困窮しているか、家庭生活の平穏が害されているか。
- ・ ④配偶者の態度: 借金について反省しているか、改善の努力が見られるか。
- ・ ⑤夫婦関係全体の状況: 借金問題以外に夫婦関係を悪化させる要因があるか、信頼関係がどの程度損なわれているか。
配偶者の借金問題でお悩みの場合、それが離婚原因となりうるかどうかは、非常に個別具体的な判断を要します。まずは一人で抱え込まず、離婚問題に詳しい弁護士に相談し、ご自身の状況が法的にどのように評価されるのか、今後どのような対応を取るべきかについて、専門的なアドバイスを受けることをお勧めします。
配偶者の借金問題で離婚を考えている方がいらっしゃいましたら、渋谷駅付近の馬場綜合法律事務所へお気軽にお問い合わせくださいませ。
この記事を書いた人

馬場 洋尚
(ばば ひろなお)
東京都出身。
令和元年12月、渋谷駅付近で馬場綜合法律事務所を開設。
法的問題の最良の解決を理念とし、離婚、相続、遺言、一般民事、企業法務など幅広く手がけています。その中でも離婚・男女問題には特に注力して活動しています。ご依頼者の方と密接なコミュニケーションを取りつつ、ひとつ一つのご案件に丁寧に接することを心掛けています。