モラハラは離婚の理由(離婚原因)になる?

はじめに
渋谷駅付近で法律事務所を運営している弁護士の馬場洋尚と申します。近年、離婚相談において「夫(妻)からモラハラを受けている」というお話を聞くことが増えました。身体に傷が残るような暴力(DV)とは異なり、言葉や態度による精神的な攻撃であるモラハラは、外部からは見えにくく、一人で抱え込んでしまいがちです。では、このようなモラハラ、暴言、精神的虐待は、法律上の離婚原因として認められるのでしょうか。このコラムでは、モラハラと離婚の関係について、具体的な裁判例を交えながら詳しく解説します。
モラハラの定義
モラルハラスメント(モラハラ)とは、一般的に、家庭内における侮辱的な言動や脅迫的な言動などを指す言葉です。物理的な暴力を伴わないため、「言葉遣いが悪いだけ」「単なる夫婦喧嘩」などと軽く扱われがちで、離婚原因にはならないのではないかと誤解されることもあります。
しかし、家庭内であっても、相手の人格を否定するような暴言や侮辱的・脅迫的な言動は、紛れもない「精神的な暴力・虐待」です。被害を受けた側の心の傷は目には見えませんが、深刻な精神的ダメージを負い、うつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)といった精神疾患を発症してしまうケースも少なくありません。
実際に、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」(通称:DV防止法)では、身体に対する暴力だけでなく、「これに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」も「配偶者からの暴力」と定義しており、精神的な暴力も保護の対象としています。したがって、モラハラは法的に見ても重大な問題行為と位置づけられています。
モラハラの具体的例
モラハラは様々な形で行われます。以下に、家庭内で起こりうるモラハラの具体例を挙げます。
人格を否定・侮辱する言動
- 「バカ」「グズ」「おまえなんかに何ができる」といった言葉で罵倒する
- 「男のくせに稼ぎが少ない」「そんなこともできないのか」などと能力を否定する
- 「無能」「異常者」などと人格を決めつけて非難する、汚物扱いする
- 配偶者の親族や知人に対し、配偶者を誹謗中傷する内容の手紙を送る
精神的な攻撃
- 「離婚したら生きていけないようにしてやる」などと脅迫する
- 他の家族や子どもの前で大声で威圧的に叱責を繰り返す
- 長時間にわたって厳しい叱責を繰り返し行う
- 相手を罵倒するような内容のメールやLINEを、本人を含む家族のグループなどに送信する
人間関係からの切り離し
- 話しかけても一切無視をする
- 理由なく仲間外れにしたり、家庭内で孤立させたりする
- 実家や友人との連絡・交流を細かく監視し、制限する
個の侵害
- プライベートな日記や手紙、スマートフォンの内容を無断で見る
- 配偶者の性的指向や病歴など、機微な個人情報を本人の許可なく他人に暴露する
- 行動を常に監視し、些細なことまで報告を強要する
その他の行為
- 配偶者が嫌がっているにもかかわらず、ポルノビデオ等を見せる、避妊に協力しないといった性的嫌がらせ
- 配偶者の大切な思い出の品(アルバムなど)を勝手に捨てる、破壊する
モラハラとの関係で問題となる離婚原因
相手の同意なく裁判で離婚するためには、民法770条1項に定められた以下の5つの法定離婚原因のいずれかに該当する必要があります。
- ・ ① 配偶者に不貞な行為があったとき(1号)
- ・ ② 配偶者から悪意で遺棄されたとき(2号)
- ・ ③ 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき(3号)
- ・ ④ 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき(4号)
- ・ ⑤ その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき(5号)
このうち、モラハラが問題となるのは、主に5号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由」です。これは、1号から4号のような具体的な事情には当てはまらないものの、夫婦関係が客観的に見て回復不可能なほどに破綻してしまっている状態を指します。
モラハラがこの「婚姻を継続し難い重大な事由」に当たるかどうかは、個別のケースごとに判断されます。裁判所は、人格を否定するような暴言や侮辱的言動の内容、その回数や継続期間、モラハラに至った原因、それによって被害者が受けた精神的苦痛の程度など、諸般の事情を総合的に考慮します。そして、これらの事情から、客観的に見て夫婦関係が完全に破綻し、もはややり直しが不可能な状態に至ったと認められれば、離婚が認められることになります。
特に、その内容や程度が甚だしいモラハラは、それ自体が重大な有責行為(離婚原因を作った責任がある行為)と評価され、婚姻関係の破綻を強く推認させる要因となります。
モラハラ等が離婚原因に該当するか否か問題となった裁判例
ここでは、実際にモラハラや精神的虐待が「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当するかが争われた裁判例を4つご紹介します。
妻から夫への長年の侮辱を理由に離婚を認めた裁判例(横浜地判昭和59年2月24日・判例タイムズ528号290頁)
ア 事案の概要
婚姻生活35年にわたる夫婦のケースです。結婚の翌年ごろから、妻が夫に対して「結婚して損をした」「威張るな」「ばか、何を言いやがる」といった侮辱的な言動を始めました。その後、妻の言動はさらに激化し、連日のように続くようになりました。長年の精神的苦痛に耐えかねた夫が、離婚を求めて裁判を起こしました。
イ 裁判所の判断
裁判所は、長期間にわたり、ほぼ毎日繰り返された妻の夫に対する侮辱的言動は、夫の人格を深く傷つけ、夫婦としての愛情や信頼関係を完全に失わせるに十分なものであったと認定しました。このような妻の言動によって、夫婦関係は回復の見込みがないほど深刻に破綻していると判断し、民法770条1項5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当するとして、夫からの離婚請求を認めました。
ウ 解説
この裁判例は、身体的な暴力が一切なくても、言葉による精神的な暴力、すなわちモラハラが、長期間継続することによって夫婦関係を根底から破壊し、法律上の離婚原因として十分に認められることを明確に示した点で重要です。また、一般的には「モラハラ夫」という言葉が想起されやすいですが、本件のように妻が加害者となり、夫が被害者となるケースでも、モラハラは離婚原因として同様に扱われることを示しています。
夫の人生への配慮を欠く侮辱行為を理由に離婚を認めた裁判所(大阪高裁 平成21年5月26日・家庭裁判月報62巻4号85頁)
ア 事案の概要
夫82歳、妻59歳という年の差のある夫婦のケースです。夫が高齢になり病気がちになり、かつての経済力を失った頃から、妻は夫を軽んじる態度をとるようになりました。そして妻は、夫に何の相談もなく、夫が亡くした先妻の位牌を、夫と先妻との間に生まれた子の嫁の実家に送りつけたり、夫が大切にしていた思い出のアルバムを焼却処分したりするなど、夫の人生や心情を著しく踏みにじる行為に及びました。別居期間はまだ1年余りと比較的短かったものの、夫が離婚を求めました。
イ 裁判所の判断
裁判所は、妻の一連の行為を、単なる夫婦間の不仲や性格の不一致といった問題にとどまらず、夫の人格や人生そのものに対する「重大な侮辱」であると厳しく評価しました。特に、先妻の位牌や思い出のアルバムといった、夫にとってかけがえのない精神的な支えであり、人生の記憶そのものであるものを破壊する行為は、夫婦間の信頼関係を根底から覆すものであり、もはや婚姻関係は修復不可能な状態に陥っていると判断しました。その結果、別居期間が比較的短いといった事情を考慮しても、婚姻関係は破綻しているとして、夫の離婚請求を認めました。
ウ 解説
この裁判例は、直接的な暴言がなくとも、相手が大切にしているものを破壊したり、相手の過去やアイデンティティを否定したりする行為も、深刻な精神的虐待であり、「重大な侮辱」として離婚原因になりうることを示しています。モラハラは、言葉による攻撃に限らず、このような間接的かつ陰湿な形で現れることもあります。相手の尊厳や人生の歴史を否定するような行為は、夫婦関係を継続する上で許容しがたいものであり、婚姻を破綻させる十分な理由となります。
夫の暴力・不貞に加え、妻にも落ち度があったが離婚を認めた裁判例(最判昭和30年11月24日・民集9巻12号1837頁)
ア 事案の概要
夫に不貞行為(浮気・不倫)があっただけでなく、妻に対して繰り返し暴力を振るっていた事案です。具体的には、夫は妻を引き倒したり突き飛ばしたりして何度も殴打し、足蹴にする、さらには家から逃れようとする妻を引きずり込んで数回殴打するといった、悪質な暴行を加えていました。このような状況下で、妻が離婚を請求しました。
イ 裁判所の判断
最高裁判所は、夫の不貞行為と妻への暴力という明確な有責行為を重く見て、これらが「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当すると認定しました。一方で、裁判所は、このような深刻な事態を招いたことについて、妻の側にもいくらかの落ち度はあったことを認めました。しかし、双方の責任の度合いを比較衡量した結果、夫の側に圧倒的に多くの落ち度(有責性)があると結論付け、妻からの離婚請求を認めました。
ウ 解説
この裁判例は、物理的な暴力(DV)が離婚原因となることを示す典型的な事例です。モラハラとDVはしばしば併存し、DVは被害者の生命や身体に対する重大な法益侵害行為であり、民事上違法であるだけでなく、刑事上の犯罪にもなりうる行為です。そのため、被害者側が離婚を望んでいる場合には、基本的に離婚原因として認められます。ただし、この判例が示すように、裁判所は、暴力の態様や程度、暴力に至った原因、被害者側の言動など、あらゆる事情を考慮して総合的に判断します。たとえ被害者側に何らかの落ち度があったとしても、加害者の行為の悪質性や違法性がそれを大きく上回る場合には、離婚が認められる可能性が高いと言えます。
夫による暴行・侮辱・冷遇と、義母からの仕打ちを夫が庇護しなかった事例(東京高判昭和36年10月26日・法曹新聞163号4頁)
ア 事案の概要
夫が妻に対し、暴行、侮辱、冷遇といった言動を日常的に繰り返していました。それに加え、夫の母も妻に対して冷酷な仕打ちをしていましたが、夫は妻を庇うことを一切しませんでした。これらの複合的な要因により、夫婦関係は完全に破綻状態に陥り、妻が離婚を求めて裁判を起こしました。
イ 裁判所の判断
裁判所は、夫自身の妻に対する暴行、侮辱、冷遇という直接的な加害行為と、夫の母からの冷酷な仕打ちに対して妻を庇護しなかったという不作為(なすべきことをしなかったこと)の両方を重く見ました。これらの行為が一体となって、婚姻関係を回復不可能なまでに破綻させたと認定し、「婚姻を継続し難い重大な事由」があるとして、妻の離婚請求を認めました。
ウ 解説
この裁判例は、配偶者本人からのモラハラ(侮辱・冷遇)やDV(暴行)と、その親族からのモラハラが複合的に行われたケースです。夫が妻を親族の攻撃から守らなかったという点が、離婚を認める上で重要な判断要素となっています。夫婦は、第三者からの不当な攻撃に対しては、お互いに協力して対処すべき義務を負っています。夫がその義務に違反し、妻を孤立させ、精神的に追い詰めたことは、婚姻関係を破壊する重大な要因と評価されます。このように、複数の要因が重なって婚姻関係が破綻した場合も、離婚は認められます。
モラハラの証拠、及び、まとめ
結論として、モラハラは、裁判上の離婚原因となり得ます。人格を否定するような暴言や侮辱的な言動、精神的な虐待によって、客観的に見て夫婦関係が回復不可能なほどに破綻したと判断されれば、民法770条1項5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当し、離婚が認められます。
ただし、「単なる言葉遣いの悪さ」や「夫婦喧嘩の延長」と見なされないためには、モラハラの具体的な内容、その頻度や継続期間、それによって受けた精神的苦痛の程度などを、裁判所に具体的に主張し、立証していく必要があります。
そのため、モラハラを理由に離婚を考えている場合、客観的な証拠を確保しておくことが極めて重要になります。相手が裁判で「そんなことは言っていない」と否定した場合、証拠がなければ、裁判所がモラハラの事実を認定することが困難になるからです。有効な証拠としては、以下のようなものが考えられます。
- ・ ① 相手の暴言などを録音・録画したデータ
- ・ ② モラハラを受けた日時、場所、具体的な内容、そのときの気持ちなどを詳細に記録した日記やメモ
- ・ ③ モラハラが原因でうつ病などを発症した場合の、心療内科や精神科の診断書
- ・ ④ 友人や親族、公的機関などにモラハラの相談をした際のメールやLINEの履歴
モラハラによる精神的苦痛は、一人で抱え込んでいるとますます深刻化してしまいます。もしあなたが配偶者からのモラハラに悩み、離婚を考えているのであれば、まずはご自身の安全と心の健康を第一に考え、弁護士などの信頼できる専門家にご相談ください。
そして、離婚に向けて行動を起こす際には、弁護士などの専門家に相談し、適切な証拠収集や法的手続きについてアドバイスを受けることを強くお勧めします。
モラハラを理由として離婚を考えている方がいらっしゃいましたら、お気軽に弊所にお問い合わせください。
この記事を書いた人

馬場 洋尚
(ばば ひろなお)
東京都出身。
令和元年12月、渋谷駅付近で馬場綜合法律事務所を開設。
法的問題の最良の解決を理念とし、離婚、相続、遺言、一般民事、企業法務など幅広く手がけています。その中でも離婚・男女問題には特に注力して活動しています。ご依頼者の方と密接なコミュニケーションを取りつつ、ひとつ一つのご案件に丁寧に接することを心掛けています。